目先のことに囚われ「忙しい、忙しい」と口にする人は失うものが多い

・目的が明確ならば、具体的な目標に立ち向かう意欲も高まる。その一方で、目先の目標達成だけに汲々としていると、いつしか自分の視野が狭くなり、挑戦の過程そのものが、つらく苦しいものになってしまう (一部抜粋)


確かに目標を持つことは今、一瞬を確かに生きるためには、必要なことです。目標とは、自身の課題であり、乗り越えるための壁であり、ハードルである。そこに立ち向かう時には、いま自分のもてるエネルギーが必要になります。

そうするとどうしても、物事が自分の今の目標しか見えなくなりがちで、視野が狭くなってしまう。そうなると、目標を立てることによって、行き詰まりが生じることにもなりかねません。心の余裕が、目標に囚われすぎることによって失われていくのでしょう。

よく、「忙しい、忙しい」と口に出す人がいますが、忙しいという漢字は、心を亡くすと書きます。目標に向かってキュウキュウと忙しそうにしている人は、やはり目先のことに囚われすぎて大切なものを得ることの引き換えに、大切なものを失っているのかも知れません。

心に余裕を保つために必要な事は、その目標の目的を定めることなのではないでしょうか?目の前の目標を支える更に大きな目的を!生きる為の確かな哲学が備われば、目の前の目標が更に価値の高いものに変えていくことが出来るでしょう。

今日の名字の言 

目標達成に懸命な青年に、その目的を問い掛けてみた。「とりあえず立てた目標なので、達成することが目的かな?」と、頼りない答えが返ってきた。目標を達成することが、当面の生きる目的だという生き方が気になる。それでは目標が達成できなかった時、次に進む方向を見失いやすいからだ。さらには、頑張ってきた自分を否定する感情が生じ、いわゆる“落ち込む”状態になりがち。立ち直るにも時間がかかる。

目標と目的は違う。かつて創価高校野球部の監督が語っていた。「目標は甲子園出場や、甲子園での勝利」。だが「目的はあくまで野球を通じての人格の形成」と。明快である。目的が明確ならば、具体的な目標に立ち向かう意欲も高まる。その一方で、目先の目標達成だけに汲々としていると、いつしか自分の視野が狭くなり、挑戦の過程そのものが、つらく苦しいものになってしまう。

最初から、目的が明確になっている人は少ないかもしれない。だからこそ祈り、自らの行動について「何のため」と自問することで、目的は明らかになっていく。今、取り組んでいることの目標と目的は何か――どんなに忙しくても、この2点を明確にしていくことが、“真実の勝利”への直道であることを忘れまい。(悠)

【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

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