ネット回路の徘徊物

『心の師とはなるとも、心を師とせざれ』

「心が師となる」 ネットの奴隷と傀儡を産み出す制度。

「kokoroが師となり」 心をネットに搾取される制度。

巧妙。

なんせ、世界の言葉を操る巨大なデータバンクなんだから。

ネットを徘徊する中で、息を殺し青白く生気を吸い取られた、

もはやシステムに組み込まれたネットの傀儡、奴隷。

心が、ネットの中で、ネットの奴隷になる怖さ。

ネットの回路の中で、心の回路が遮断される怖さ。

遮断させようと徘徊する、ネットで心の回路の破壊されたものの、汚れた足跡。

汚い土足で、平気でウロツク。

心の回路が、ネットの回路の奴隷となる、その怖さ。

ネットの中で、ミイラ取りがミイラになる怖さ。

呪われたネットの「恥部」。

人間が作り上げたシステムだ。

その善と悪が、鮮明に如実に、相対となって現われる。

それは、己の生命の中に存在するそのものだ。

現実以上の悪臭を放つネットの世界には、

現実の言葉などを投げかけることに意味が無い。

文字化けしたã–‡åæ–æと同じ。

通じることが無い。

目に見える「物」を宣伝とスパムでその価値を空気を入れて膨らます世界で、

人間の真実の価値を語る、見出す空間など、埋没して書き消される世界。

今日書いたものなど、その上に上書きされて、ないものと同じゴミになる。

ネットの世界は、言葉の羅列の中のキーとなる情報を収集するアルゴリズムが支配する。

心が優先するわけではない。

必要なものと不必要なものの判断の選択基準。

その幼さ。

しかしながら、それが、この世の世界の最先端と言うわけだ。

相互扶助のもとで情報の共有とシェアが目的とされる人間が1つになれる善の思想。

今や、相互不所かいな?

大切なものが置いてけぼりにされ、人間の本性がどんどんむき出しにされていく。

付いていけないというか、もはや、心の入る隙を与えなくしている。

ネットはそんな窮屈な世界の一面をも広げているのである。

心の空洞を広げながら、ネットの世界は、膨張し続ける。

言葉に本当の価値を持たない「ランク付け」のネットの世界では、

本当の価値を求めるものがその価値を産み出す。

人間社会の範疇にない、見えるものだけが優先される社会。

物だけが動くそのネットの本質。

そして、人間の中に存在する溜まりに堪った精神の、小便や大便のような汚物を撒き散らすための手っ取り早い、排泄物の排泄場所のようなドブ。

そこら中に、うんこやしょうべん、死体がころがっている。

自分で踏んづけておいて、人のせいにする。

ネットとは、そんな場所だ。

そんな無秩序な場所であるのなら、

与えようとすること、気がつかせようとすることなど何一つ必要ない。

ほしいものを取りに来ればいい。

黙って持って帰ればいい。

必要が無ければ、黙して語らず。

語ったところで不毛。

ドブの一片には、毛は生えん。

窒息死するだけだ。

気づかせるのではなく、お前が気がつけばそれでいいんだ。

それが、語ることになる。

与えられるものでは無く、自ら得るもんだ。

正しい選択眼を持つものだけが得ることが出来る。

『心の師とはなるとも心を師とせざれ』

わかろうとする心が無ければわからない。

傲慢。

「人生の病根は傲の一字」

A4のコピー用紙程度の薄っぺらな心で語る徘徊物。

釈迦に説法・賢者は語らず>人生の病根は「傲」の一字

※注記1記事文中の「あなた」「お前」「おまえ」の二人称は、全て「私」「己」の一人称のことであります。

※2この記事は、一度、不掲載(不掲載の理由→お知らせ) に致しましたが、一定の期間を経て熟考の末、再掲載させていただくこととしました。記事の内容に関しては、具体的な名称などには、一定の配慮を加えてあり、私の中で感じた、今、その瞬間の事実であり、個人の自由な思想と信条に基づき未熟な人間として感じることでもあります。事実である表現を隠すということは、自身を否定することになります。また、記事によって誰かを否定するということではありません。このようなことから、公開することになんら不都合は無いという判断に至りました。読者が不愉快な思いをされるようなら、今後、当ブログをスルーされることをおすすめします。

【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

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