心のリスタート:デイダラボッチは、神の化身か人間の象徴か

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心の再スタートをいつでも、きることが出来る。

心には、ゼロ地点が存在する。

己の生命の現在の地点を知ることが出来れば。

心を無にする。

心を無にすることは、生命の位置を知ること。

己というものの存在する位置を知らねば、心の動きを止めることなどできはしない。

自由自在とは?

それは、仏と神の領域なのかと思っていた。

それとも「霊」域なのか?

しかし、自己と言うものの中にもその領域と言うものが存在するようだ。

自由自在とは、瞬時にして「どこ」にでもいける。

天使にも悪魔にもなれる。

人間を生かすも殺すも自由自在。

デイダラボッチか?

デイダラボッチは神の化身か人間の象徴か?

人間の生命の奥底に隠された力が、神や仏を存在たらしめているのであるとすれば、そのダイダラボッチは人間が、作り出したものに他ならない。

自由自在になれる人間であるのならば、デイダラボッチの人を生かす力も人を殺す力もその本当の姿は、人間そのものなのだ。

昼間の姿と夜の姿。

昼は四つんばいで、暗闇に、二足歩行で本性をあらわすダイダラボッチ。

その二面性。

表と裏。

光と影。

まさに人間そのものじゃあないか。

生命が、作り出す人間のこころ。

その心を活かすのも殺すのも己のニュートラルに映し出される生命から見た己の姿を心に映しだすことによって、心のゼロ(無)を生み出すことが出来る。

無から大きなエネルギーは生まれる。

あるものから生まれない。

無いものから、無限の力は、生み出される。

創られる。

生命。




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