己の中の無明を己の力で、確かな明かりを灯せよ!


誰でも、生きていく上で目標や目的を持って生きているはず。

心の中で、未来の幸せを欲しない人など、誰一人いないはず。

なのに、思い描いた自分の人生を築けない、進んでいけない、思い描くことが出来ないのはなぜでしょうか?

目標どおりの結果を出したにも関わらず生きる事の達成感を味わえないのは、そこに確かで正しく生きるための哲学が、養われていない、存在していない場合があるからではないでしょうか?

あなたのあなたが命のそこから欲する絶対的な幸せを自らの力で得ることの出来る哲学を得ることが、今この瞬間を、生きているという最高の充実した一瞬に出来るのです。

生きることの意味の一つは、今、この一瞬を最高に生きることなのです。

見えないものが見えるようになる。

生きる力。

生きようとする力があれば、夢を持ち続ければ、未来を求めれば、見えないものが見えるようになる。

信じることによって信じられないことが起こる。

頂上を目指す人は、みな誰も不可能と思えることを現実に実現している。

その途中には「やめよう」と思ったことは、何度もあるはず。

それでもやめずに己の最高の結果を出せるのは、

それは信じた結果なのだ。

自身を信じた結果。

信じることによって、信じられないことが起こる。

人間の中の信仰とは、まさにこれなのだ。

人間をダメにするもの、人間を無能化させるもの。

物質や目に見えるものにこだわるあまりの「心の貧困」。

嫉妬と己の心の醜さを目に見える醜さに変える心の劣等感。

心の更なる貧困化に拍車をかけるものは何か?

己の中に真実を見極める哲学の無いこと。

己を知るためための哲学の無きが故に、他を救うことも、自らを救うことさえも出来ない。

明日出来ることを今日しよう!

明日出来ることは、ゆとりある今日を送るために、明日すればいいことかもしれない。

でも、明日出来ることを今日少しでもしておこうという気持ちは、

未来の人生を更に有意義に楽しく幸せに送るコツかもしれない。

己の幸せにとって自信に正直に生きる事が、最も幸せに近づけることかもしれない。

信じることによって、信じられないことを起こす。

不安という心の切迫した思いは、前向きにとらえるならば、強く生きようとするエネルギーを得るための人間にとって必要な生理なのだ。

祈りは、幸せになるために意識して行う日常の言動を無意識化する作業。

私の命の中には、妙法の当体である仏界の生命が備わっているのだ。

内なるものに求めることによって、私の全てが外に向かって開けていく。

己を信じきることの出来る自身に!

己を信じきることによって運命は開かれる!

どんな困難も解決できる自信!

それは、内なるものに深く求めることによって得られる!

どんな困難を人が否定しようとも、否定されればされるほど、更に己を信じる。

内なるものに求めることによって、私の全てが外に向かって開けていく力!

生きることに関わる乗り越えなければならない課題は、プロになるための試練なのだ!
 
人間のプロになれるかどうか。

様々な形で現れてくる現象は、私の命の中にある妙法の力を引き出す一念が試されているのだ!

常に私は試されている、妙法に向かう命によって得た、その何かの因によって試されているのだ。

どんなことにも言い訳をしない、全ての私に関わる、私が受ける日常生活における一瞬は、妙法の力を我が生命に発揮させるチャンスなのだ!

だから、もう、言い訳しない!

己を疑わない!己を信じる!

己の中の無明を己の力で、確かな明かりを灯せよ!



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