祈りと哲学・願いと自己確立


「祈り」とは何だ?

「祈り」とは、信じた哲学の本質を己の姿を通して、目に見える姿と形に究極の完成と完結へ向わせるための自己確立の方法。

「願い」とは何だ?

己の中の叶えたい想い。

それは、己の現実を生きるために、与えられた未来を創る、夢と希望と目標、目的だ。

「願い」とは誰が叶えるものだ?

己自身の祈りによって実現するものだ。

「誓い」の最上級。

「願い」の本質とは、己の生命の究極的な自己確立だ。 限りなく自己完成を求めることだ。

この世の完結への与えられた道のりを行くこと。


願いとは?

祈りとは?


己の弱さに耐えられないその恐怖。

未来の結果から逃れたいと感じる恐怖。

怖い。

目に見える未来の結果に恐怖を感じるのは、現実を生きている証拠か?

一生懸命に現実をこの瞬間を生きているからこそ感じる、やがてやって来る現実は、見えない結果の事実。

後悔のない完全燃焼の結果を、相対的な結果として現実に映し出される真実。

もう、十二分なのに十分でない事実。

これが世の中。

これが世の中の現実を生きるということだ。

恐怖と不安と迷いに生きる。

血と汗と涙と五感で生きる生身の人間の強さの中の弱さ。

その結果の事実を知る瞬間までの心と生命の葛藤。

人間の現実を生きる懸命な努力を超えたところにある時間の空間なのかもしれない。

その与えられた時間は、人間という生身で生きる、己という存在である、己自身の人間というこの世の存在を知るための真骨頂と醍醐味。

人間の最高の「苦痛」と「喜び」なのかもしれない。

人間の弱さ。

悩みと苦しみと迷い。

恐れと不安。

革命的な時間と瞬間。

全てがさらけ出されようとしている。

これまでの人生が、まるで走馬灯のように浮かぶ瞬間。

動じる心を動じない心で押さえつけようとする生命。

あきらめとなげやりなこころ。

心。

本物の覚悟と決心を試される時間。

一念と執念。

妙法。

桜梅桃李の人生。

今を生きる。



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