目と目【心と精神の退化】

心と精神の退化

人間の顔。

その中の目。

「目は、口ほどにものを言い。」

相手の心の強さと、心の色を感じ取ることの出来る目。

目は、現実に映るものを見るためだけにあるのではない。

その瞳の奥に隠された真実を見つめるためにある。

「対話」とは、互いの心と心を確認しながら、互いの立場に立ち、相互の利益をもたらす話。

「対話」とは名ばかりのどちらかの主張を繰り広げることなど、単なる議論でしかない。

対話、対話と言うけれど、心を語ることの出来ないものが対話など出来るはずが無い。

出来ないことを、借りた言葉だけで、いい格好をする。

自分の言葉に責任を持てぬ、自分の尻さえ拭けぬものが、対話、対話とほざく。

「目は、口ほどにものを言い。」

ネットの世界で何の意味も持たない言葉。

人間が、人間を見つめる為の、大切な言葉が死語になる時代。

人の目を見て話すことの出来ぬものが、ネットで人間について語る大きな間違い。

ネットの先に見える目は、決して人の目を直視する勇気など無い、常にうつむき加減の焦点の定まらぬその目線。

その先に見えるもの。

猜疑心と懐疑心の塊。

この世に対する悲観と諦めと絶望感、現実に対する無力感による幻覚への逃避。

その目線の先に見えるもは闇。

暗闇。

その暗闇を映しだすのが「ネット」。

そして、その人間の目に映る暗闇の中から、何一つ根拠の無い、無責任で無差別な、適当なターゲットに対し、憎悪や憎しみ、怒り、嫉妬といったありとあらゆる悪魔的な攻撃の本能を呼び覚ます入り口がぽっかりと開く。

それは、もう、救う事の出来ない「自我」の崩壊を辿る道。

人間が崩壊する。

本当に崩壊してるじゃあないか?

それがわからないのは、お前さえもその崩壊の道を歩む「同じ穴の狢(むじな)」というこだ。

ネットの先に見える目。

まるで、死んだ魚の目みたい。

その目は、活きた明るい未来を自ら開こうと渇望するものを何一つ感じる取ることは出来ない。

現状に対する不満と、その捌け口。

己自身の人間の弱さの中の、愚かさにさえ気づくことの出来ぬ、救いがたい程のその愚かさを、なんと呼べばよいのだろう?


人間についている道具の数々。

もともと付いている道具を必要とせぬもの、使わぬもの。

人間という「者」が、「物」に変わる時代を生きる人間にとって、今を生きる現実は、人間に与えられたお道具箱が使われずにどんどん、倉庫にしまわれて、錆びて使用不能、そして、使い方さえ理解不能になってしまう時代。

便利さを得る代わりに、どれほどの道具が失われしまったか?

愚かな時代を更に生きる人間。

人間は生まれるのではない。

もはや単なる生産物になる時代。

そんな選択肢を選び続ける未来を考えれば怖いねえ。

今の時代、人間についているお道具は多すぎるのではないかいな?

何を言いたいかって?

便利な時代を作り上げた人間の進化の過程の中の、人間が生きる世の中の文明社会。

これまで「必要なこと」がどんどん必要でなくなる時代。その時代を生きるためには、人間は、便利な社会の恩恵を受けるために適応しなければならない。

それは、人間が善の利益と引き換えに、必然的な副産物として生まれる必要悪という罪つりな業。

人間は、背負わなければならない。

人間は、その罪作りな業による罰を、時代を生きるものたちが受けなければならない。

宿命と宿業。

やっぱり、これは、「呪い」と「祟り」だな。


適応することの能力を高めることは、人間の進化の過程の辿る道。

必要なものを取り入れ、不必要なものを切り捨てる効率的な効果と結果ををもとめる合理的社会。

見えないものを理解する非合理的なものよりも、見える確かなものを優先する合理的で単純な社会。

脳みそを必要とするものと必要としないものを生み出す社会。

人間から生まれるロボット。

人間の姿をしたロボット。

ロボット社会。

人間の不幸。

不幸を感じる心。

その見えない心の合理性と進化を切り捨てる時代。

今感じている、心の幸福と幸せは、その内、人間にとって、何の意味も無くなりそうな気がする。

否、それは、進化の過程を辿ることの結末にとって幸せなことかも・・・。

人間が幸・不幸によって苦しまなくても済むことになる。

猿の惑星は、やはり、現実の未来の人工知能のチップがたくさん組み込まれた正真正銘のロボット達の惑星になって実現するのかもしれない。 (・・・そんな映画もあったような・・・)

心を必要としない社会の進化は、知能のみが支配する社会。

生き物の進化の過程。

人間の善と悪の相対的観念の放棄。

切り捨てる時代が進化の過程ならば、人間が最終的に選ぶ道は1つしかない。

対話ができるのは、心を備えた人間にしか出来ない。

心の進化を語れるのは対話でしかない。

その対話の中の心を見つめるものは、互いを信じようと強い意志のシグナルを発する「目」と「目」。

【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

桜梅桃李 | Trackback:(0) | Comments:(0) |-
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