付和雷同

女々しい生き方

付和雷同(ふわらいどう)。

「なあ、なあ」の世界。

「まあ、ええがなあ」。

「そんのくらいにしときいなあ」。

「これくらい、まだ、ましなほうやなあ」。

「そんなもんでええねんなあ。」

「なあ?」「うん、そうやなあ」。

現状維持の進歩の無い、互いを慰めあうだけの日常の会話。


いまでは、宗教を語るものの日常の言葉でもある。

暮らしは安泰。何一つ不自由は無い。

堕落と惰性。

宗教が趣味の延長線上。

自分の心を既に、どこかに置き去りにした者が、人の懐(ふところ)目当てに心をもてあそぶ、言葉のゲームとして成立する。

人の苦労や痛みなど、本当は1つも理解もできぬくせに。


人間の生き方の弱さは、現実の世界で、本来の宗教や哲学の本質までもが、その人間の中に棲みついた属(俗)性によって、捻じ曲げられていく。

伝言ゲームの結果を見てごらん。

「家業は三代目で潰れる」とも言う。

そんな危機感を感じているものなどいるのかいな?

軽すぎる時代に、その軽さが、情けないほどの人間の全ての軽さに映る。

人間の「心」なんて、そのあまりの軽さに、「心」と書いたその文字からも浮かび上がっては来ない。

何のための文字なのかな?

文字とは、何だ?

重いどっしりとした根っこのある、そのなかの軽さは、私の心に、その相手の自由で強い心を映し出す。

そんな文字と活字に出会いたい。

「家業は三代目で潰れる」

もし、潰れなければ、次の4代目が潰すことにる。

潰さない命を、命として懸(書)ける覚悟のあるものは名乗れ!

その本物を確かめる、知るための確かな方法とは?

【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

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