「嘘」と「虚栄心」と「傲慢」:己を隠す「己心の魔」

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己の中の動じない【もの】。

変化。

変化しない事が、変化する事。

環境が、人が、変われど、なんにも変わらない己の中。

その変わらないことが、変わること。

己の中の変化の現われは、己の生命による心の変化。

その変化とは、生命。

その変化の中で、常に求められているものとは?

どこまでも、己の中の弱さに現われる無知なる傲慢を排する事。

そして、強さを求める中に現われる、自らの生命を食い荒らす、獅子身中の虫である傲慢を排する事。

己を隠す「嘘」と「虚栄心」。

「傲慢」と「嘘」と「虚栄心」を排する事。

その己の中の心に巣食う「魔」

「己心の魔」。

そのために己にとって、必要なものは、謙虚さ。

どこまでも、どこまでも、謙虚であること。

今こそ、その課題に挑戦し続けること。

己の中に巣食う魔を、魔と見抜ける心を保ち続ける事。

そこに必要なものは、生命を見つめる力と生きる知恵を引き出す事の出来る確かな己の中の哲学。

「今」と言う現実を、確かに生きる為の哲学。

言葉は、元気を与えてくれる。

それが、自分の言葉であろうが、他人の言葉であろうが、言葉自体が持つその本質的なエネルギー。

それが、人の心に、元気や癒しをあたえてれる。

言葉に共感、同感することによって、元気や癒しから、もっと強い心へ立ち上がれる勇気を与えてくれる。

心と生命の不思議。

そして、更に、その勇気を現実における悩みと困難を解決するために、人間という姿かたちをした己の生身の体で、現実を生きる。

行動。

元気を得て、心を癒されて、そして、立ち上がる勇気の炎のエネルギーによって、現実を生きるという行動を起こす。

『今を生きる』

観念から、現実を生き、そして、勇気を変化へ導くための行動と実戦へ。

観念の世界だけで、己の目と心に映る現実は、変わりはしない。

「現実を生きる」ということに対して、闘う己の「今」。

己の中で確信した「今を生きる確かな哲学」

『大確信の祈り』に向える己の心にあるものは、「信」という1字しかない。

その「信」とは何か?

それは、己を信じる<と言うことに他ならない。

その「信」に一念と執念を込め現実という今を生きる。

桜梅桃李。



今を生きる

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