傲慢な人間社会に求められる謙虚な生き方


人間が無知である事を気がつかない傲慢。

己と言う人間を人間社会の中で謙虚に学べない人間。

その謙虚さの必要性を気がつけない精神。

その精神を鍛えるための習慣を養おうとしない心の傾向性。

惰性と怠惰な人間の本性。

そこには、やっぱり、だって人間だもの・・・。

人間としての限界と諦めというものを感じざるを得ない。

多くの人間の中のそのほとんどの人間の「だって人間だもの」は、結局は、「世の中、そんなもん」って負け犬の弱音と言う本音。

好い加減にいきるよりも、ええ加減に生きるほうが楽だ。

・・・、だって、その他大勢のひとりの、人間だもの。

人間社会を生きることの対する謙虚さの欠如。

その欠如によって、気がつこうとしない人間は、一生、大切な更なる事を気がつく事が無い。

人間が生きることに対して、どれだけ無知であるかと言う事を。

だから、自分が気がつけばそれでいい。

気がつかない人間を見て、その無知ぶりを、己自身が気がつける。

気がつけることによって。

人間の生きることに対する無知が、どれほど愚かであり、不幸であるか。

気がつかない者のその愚かさと不幸を感じない事に、さらに、愚かさと不幸を感じる。

しかし、ありがたいことに、そのことに気がつける己自身が、そこから具体的なその人間の愚かさと不幸を知ることが出来る。

学ぶ事が出来る。

無知に気がつく事の出来ない愚かな、そして、不幸な人間から、己の無知の世界をほんの少しは埋めることが出来る。

己が人間としてこの世を生きる為の哲学を己の精神に刻むために、心を働かせる事が出来る。自分の生き方を何度も変えたいと思っているのに、変えることの出来ない人間。その愚かさと不幸。

変えることの出来ない人間ばかりの社会から、気がつく事によってその無知なる人間の愚かさと不幸に気がつく事が出来ることによって生まれる生きる確かな知恵と幸福。

人間の中の無知なる愚かさと不幸を相対するものの中から見つめる。

人間社会。



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