恥さらしな創価を見たいならブログ村の創価カテゴリー

ネット上におけるサイトには、いろんな場所がある。

個人でブログを開設している人たちなどは、共通する話題やテーマの存在するコミュニティーに参加することによって、ネット上において情報を得たり、参加する人たちとコミュニケーションをはかることが出来る。

また、そのようなサイトに参加したり、リンク、登録する事で、ブログの知名度や価値を上げる事に貢献する事にも繋がり、ひいては、ブログを所有している人が最も望むものとされるアクセスを計画的に集める事も可能となる。

よく見かけるサイトでは、●●万アクセス達成!ありがとうございます。

なんて、報告をして、ブログを運営してきてよかった~~。

何ていう自己満足的な報告を自慢げに語っているブログや、一々、事細かに、グーグルやヤフーといった検索エンジンの順位情報なども話題にして、ブログを1つの自己顕示の方法として、楽しんでいる人も居る。

それは、それでいことだね。

そこで、共通の話題やテーマに沿ったブログが集まるサイトの中に、ブログランキングと言うものがある。

しかし、私は、そこにある、宗教や思想・哲学を語るランキングサイトが大嫌い。

そんな大嫌いなサイトと書きながら、自分もそのブログランキングに登録している。

言ってみれば、被リンク稼ぎ。

単なる、ブログを宣伝するための手法。

しかし、そのブログランキングサイト自体に興味があるわけではない。

ただ、検索エンジンに対する地味なSEO対策のひとつ。

ブログには、人それぞれ、テーマや、記事を書く上でのポリシー、また、ブログを運営する上での目的など色々あるはず。

だから、人それぞれ。

しかし、事それが、宗教を語ったり、その宗教の中の創価学会などといった信仰に関わるタイトルを冠にしたブログなどを見ると時として、吐き気を催すような気持ち襲われるほど、気分が悪くなるときがある。

信仰において語るブログを持ちながら、人間社会の中で、俗物的なことにこだわりながら、人と比べる事を否定するためにあるはずの信仰なのに、人と比べる事を前提である場所を意識しながら、表向きには隠しつつ、語っている姿。

見栄と傲慢と自己顕示、単なる自己満足であり、他人との要らぬ競争を意識したエゴ丸出し。

信仰と言うものを、知らずに捻じ曲げておきながら、「純粋な信仰とは何か?」なんて事を偉そうに語る姿。

そこに、何も矛盾を感じる事の無い姿。

これが正しい信仰者なのかという疑問。

しかし、疑問を疑問と感じる事無く、語る姿はどこまでも宗教の操り人形として、「信仰と信仰心とは?」というという己自身に問う事の出来ない信仰者としての浅さを痛感する。

要するに与えられた宗教を単に鵜呑みするだけの傀儡となって、己の現実を生きる為の行動全てが確かな哲学に基づいているのかどうかを己の信心に体得できぬものの哀れさとなって感じるのかもしれない。

ブログランキングサイトの中でも、もっとも知名度の高いサイトとして知られている「ブログ村」。

このブログ村のサイトの中でも「創価カテゴリー」。

そんなカテゴリーランキングをつくる奴もアホだと思うけど。

その中に参加している人間もアホと言えばアホだよね。

見てご覧。

これが創価学会の姿だよね。

恥さらし。

※この記事は、自由な思想と信条に基づき己の信仰心に基づいているものです。ネット上において自称、学会員と称する方の悪意のある書き込みはお断りします。

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