ディズニーランドは永遠に完成しないテーマパーク


石ころをダイヤモンドにする信心。

人間には、見える価値を産みだす力がある。

人間には、見えない価値を産みだす力がある。

価値を創る。

創価。

人間そのものの価値とは?

ディズニーランドは、永遠に完成しないテーマパークと言われる。

人間は、想像と妄想と空想によって、不可能なことを可能にしてきた。

その妄想と空想は、夢になり、希望になり、そして、目標になり、目的になり、人間が生きる現実のなかで実現されてきた。

この世に人間がいる限り、人間はその人間の価値を無限に創り出す。

しかし、それが、創造であるのか、破壊であるのか?

人間の創造における『建設は死闘、破壊は一瞬』

人間の無限に与えられた創造的な価値感を維持し続けるためには、何が必要か?


今を生きる己にとっての人間革命のテーマは、時間。

課題は、その時間を如何に革命するか。

時間の価値を変える。

しかし、与えたれた時間は、誰にも平等。

一秒は、一秒。

一分は、一分。

一時間は、一時間。

一日は一日。

しかし、己の心の持ちようによって、その時間の価値はいくらでも変えることが出来る。

一秒を一分にするのか。一秒を一時間もの価値に変えることが出来るのか。

それとも、一日をたった一秒の価値にしてしまうのか。
それとも、生きている毎日を0(ゼロ)として無価値に生きるのか。

全ては、己という人間の中の【心】次第。

全ての価値を変えることの出来る【心】。

そこにも何が必要か?

信心。

信じる心。

信心とは一体どこにあるのか?

人間と言う【もの】にあるのか?

それとも宗教という与えられた【もの】にあるのか?

自己確立という妄想と空想という観念のなかの最終的なゴールのための信心。

その信心とは、私自身そのものの中にある。

肉体と精神をコントロールする事が可能な人間が、人間である証明として、見えないものを感じることの出来る心を持つ私自身そのもの。

信仰とは、己の中に向うためにある。

信仰心。

その心とは、今、現実を生きているそのままの私の全てを信じる心。

生きるという確かな哲学を私というそのもの全てに、この世により人間らしく、己らしく、自立して生きるための自己確立という名の下において、知恵と勇気と行動によって、現実の中で刻みながら、コツコツと実現していく作業。

それは、求めなければ得る事は出来ないもの、

それは、どこまでも求め続けるもの。

それは、どこまでも限りなく完成を求めなければならないもの。

それは、終わりの無い道。

信心とは、永遠に完成しないテーマなのかもしれない。

その信心を永遠に求める事の課題。

心は信じることで、かろうじて定まる事が出来る。

定まらない心をかろうじて、定めてくれる信心。

どこまでも限りなく深く、遠く、広く。

確かな哲学を実践、検証、実証していく過程において、信心の足跡が刻まれる。

目には見えない最高の宝。

目に見えるダイヤモンド自身に価値など無い。

石ころを最高の価値あるダイヤモンドに変えることの出来る心。

そこに必要なのが信心。

己を信じる心。

錬金術。

人間だから出来る。



本因妙・今を生きる | Trackback:(0) | Comments:(1) |-
コメント
おはようございます。

最近、いろいろあって、ブログの更新が滞っていました。

毎日の現実の生活の中で、カメさんの語る哲学の大切さのエッセンスをある意味感じる日々でもあります。

ありがとうございました。

2010-09-05 日  08:12:00 |  URL | ningenkakumei #- [編集]
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