利用されず、利用せず

人間らしい生き方

変わる。

確かに変わる。

人間は変わることできる。

変わると決めれば、変わるように何かが起こる。

起こったことが、自らが変わるために変化しているように思える。

そんな風に気が付くことができる。

そんな風に感じることが、自らの生き方の、より、プラスな生き方につながる選択なのだと思うことができる。

自分の中の思い。

それでいい。

それが、一つの哲学に基づく現実の今を生きる為の己の生き方の選択肢。

思いを己の中の一つのを生き方の哲学に変える一つの方法。

人間の中の思い。


宗教に頼ることなんてなくても生きていける信心。

一人の人間として、一人で生きられる信心。

世の中に生きる人間達の中で生きられる信心。

人間が生きる社会の中で自立して生きられる信心。


与えられたものに頼る生き方から、頼られる生き方へ。

与えられた物から、己の物として、自らが獲得できる信心。

自らの力で生きる。

宗教という己の外に頼る生き方から、己の生きる知恵という力を引き出し、己を信じることによって、勇気を引出し、己の生き方の自己確立を目指す。

何かに頼る生き方から、頼られる生き方へ。

人生へ。

心と精神の自立。

一人ひとりが対等の人間として、一人ひとりが平等な人間として。


人間らしく生きることとは?

どこまでも求め続ける。

与えてくれたものに対する感謝と、現実を生きるための自らの力を引き出すための謙虚さを失わず。

利用されず、利用せず。

人間それぞれのニュートラルな世界。

人間。





「ありがとう」って伝えたくて、

信じたこの道を 確かめていくように、今、ゆっくりと歩いて行こう。


(いきものがかり:「ありがとう」歌詞より)



☆確かな哲学・賢者の石
【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

本因妙 | Trackback:(0) | Comments:(2) |-
コメント
バンさん、久しぶりの書き込みですね。
最近、宗教が人間をダメにしてしまったと言う思いが浮かんでくるようになりました。
この現実以外に人間が生きられる世界は有りません。その人間に非現実論を説いて洗脳してしまった事が、人間が人間らしく生きられなくなってしまった。物や金では無い心だと
説いても、この現実の世は物と金が頼りで、金も無く食べるモノも無く住む家も無く働く場所も無くなると生きられなくなってしまいます。この世の道理に適う信心と言う説が私の好きな宗教です。親の願いは子の自立です。子は自立する事で親孝行となります。
神を親と仰ぐならば、自立して行く信心の道が説かれなければこの世の道理に適わない。
と言う事で毎日毎日自己確立を発信しています。自立の輪がブログから広がるといいですね。(^^♪
2010-09-14 火  21:46:23 |  URL | カメさん #- [編集]
カメさん、おはようございます。(^^)

自立できない宗教、自由であるべきはずなのに、宗教という組織、団体の中で、足枷になっていく。
宗教は、どこまでも純粋にその役目を果たすこと求め続けなければならないように感じます。
権威主義を否定する宗教組織が、やがては、その権威を否定することの権威を振りかざして、威張り散らかしている矛盾。
宗教組織の変遷と堕落への前兆とその芽を、信仰者は、一人ひとりの自己確立を目指す信心を高めるこで宗教とその団体に警鐘を鳴らしていかねばならない。そんな風に感じます。


父は、おかげさまで、心配された危険な状況を脱し、今、回復に向かい懸命なリハビリを続けています。

ありがとうございました。
2010-09-15 水  10:56:53 |  URL | バン #- [編集]
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