変わることの楽しさを知る:苦は楽の種、楽は苦の種


己の人間というこの世での存在。

その人間の中に存在する「自己」は、現実を生きるという己という人間が、生きるということを試されていると思いを持っている。

そして、更に、己の生き方の思いが変化する。

試されている?

一体、誰に試されているというんだ?

それでは、己の自己という存在は、何なんだ?

己という人間が、現実を生きるということに対して、試されているなんて、そんな受け身な生き方で、己が己らしく生きるということに近づけるのだろうか?

そんなの受け身な生き方じゃあないか?

誰かに、何かに支配されている生き方じゃあないか?

自ら生きろよ!

自ら試せよ!

己の存在のこの世で生きることのすべては、己の存在を現実で確かめるためにある。

その存在の可能性を、生きているこの人間社会の中で開くことにある。

自己実現。

自己確立。

相対的な人間社会の中で、確立を目指す自己という存在。

絶対的な自己確立。

そんな思い。

己の中の信心。


変わることが楽しくなった。

生きることに対しての苦しみ、悩み、迷い。

人間が感じる心の思い。

感情。

生きて行くことに対して感じる苦しみが楽しみの素になる。

生きていること対して感じる楽しみが、さらに、楽しくなる。

己の中で、苦楽を共に思い合せて生きる。


『苦は楽の種、楽は苦の種』

深いねえ~。

「苦は楽の種」

苦労した分だけ、楽しみが増える。

でも、「楽は苦の種」をどうとらえるか?

人生を怠けて楽をして生きた分だけ、残りの人生に苦が待っている。

そんな風にとらえることもできる。

しかし、人生の本当の楽しみを求める人。前向きにすべてを楽しもうと生きようとするところにには、必ず、苦しみが待ち受けているということが、その言葉の本質であると感じる。

楽しみである趣味の延長が嵩じて、プロになった時に、楽しみの延長を極めることの道に入ることによって、苦しみを自ら求めて乗り越えなければならなくなる。

人生、苦しみの先に、楽しみが待っているのであり、その楽しみをさらに求めることの先には、必ず、苦しみが待っている。

前向きに人生を生きる人には、必ず、楽しみと苦しみが交互にやってくるものなのだ。

苦しみ、悩み、迷いの中で、人間が生きるということの本質を、現実を生きるための己の精神と肉体に刻む。

苦しみ、悩み、迷いの意味とその本質を体得する。

苦しみが苦しみでなくなり、悩みが悩みでなくなり、迷いが迷いでなくなる。

生きることに対する確かな明かり灯る。


今、己の中で、生きることの苦しみ、悩み、迷いに対する、その「思い」を書くことがなくなってきた。

その思いにつていて、書くということがあほらしくなってきた。

そんなことについて語っている暇があるのら、この世の中の現実を生きることに、己の思いを形として行動によって表現することの方が、遥かに己にとって意味のある価値ある選択。

己が生きるための生きた哲学をもとにした、より、人間らしい変化をもたらすための選択。

この世での人間の生きられる時間は有限。

己の変化のために必要な時間。

そのための己が己らしく生きられるためのより良い選択。

そのための哲学。

それは、己の中の変化を求めることなしにはありえない。

変わることの楽しさを知る。



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