「神」も「仏」も思いの中にのみ存在する

人間がより人間らしく生きる。

そして、人間である自身の存在が、自分らしく。

無になれる心で、現実に対して一歩引くか、一歩前に出るか。

人間の器を広げること。

嫌われようが、好かれようが、無になれる心で。

人は、こういう思いで生きている。

あの人は、こんな思いで生きている。

一人一人の思い。

一人の人間が、現実の人生を生きることにとって、思いはとても大切。

それぞれの現実を生きている一つの思いが、それぞれの絶対的な思い。

誰にも邪魔なんてされたくはない。

それぞれの人間という存在が、存在するための桜梅桃李であり、個性。

人から認められなくてもいい。

ダメと言われようが関係ない。

他の人間と同じ人間にはなりたくなんてない。

自分を生きたい。

自分を生きることは、この鎖につながれたように不自由を感じる人間社会を自由に生きること。

不自由なこの現実社会を、人間らしく自由に生きられる。

社会が存在するこの世で生きるということを求める己の哲学。

人間が、より、人間らしく生きる。

無になることの素晴らしさ。

無になることの出来る根本の哲学を持つことの大切さ。

その根本の哲学を己の精神に刻む。

その精神を心で活用する。

柔軟な心。

無になれる心。

自己。

無になれる場所。


宇宙は、無限。

己の思いが、宇宙を「無限」にする。

宇宙を思い描けば、私の心に映る宇宙の果ての、そのまた果ては、無限に続く。

無限に続くその果てにあるものは?

やはり、無限?

それとも、無?

無限に続く宇宙のその先は、無の世界?

宇宙の果ては?

宇宙の果ての無の中に存在する、有るはずの世界である宇宙は、結局は存在しない無の世界?

人間の心っていうのも、有るようで無いもの。

無いと思えば、無くなるし、有ると思えば、存在する。

人間の思い。

人間の思いの延長線上に存在するものは、結局は、存在しないものでもある。

「神」も「仏」も己の思いの中にのみ存在する。

・すばる望遠鏡プロモーションビデオ


【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

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