ひとりにひとつ、生命

生きたい。

もっと、生きたい。

この世で生きること。

私が、より、私らしく。

人間として、より、人間らしく。

生きていて良かった。

生きることの喜び。

生きていくことへの勇気。

生と死。

昨日までの私には、明日はなかった。

そこにあるのは死。

生きながらの死。

生きているはずの人間が、死にながら生きている。

生きる屍。

そんな思いで生きてきたわたし。

どん底の中で。

でも、今もどん底。

でも、わたしの思いの中は、死ぬことに対する執着心から、生きることに対する執着心へと変わった。

生きることへの勇気。

変化。

人間は変われる。

人間として生きるわたし。

わたしの中の本質的な部分が変化する。

わたしがもっている私らしさ。

人間らしさ。

一秒を1分の思いで。

一秒を10分の思いで。

一秒を1日の思いで。

生きていたいから、現実を大切に生きたい。

その思い。

生きることを大切にしたい。

生きたいから。

人間として、生きる喜びをもっと深く、深く味わいたい。

人間として生きている醍醐味。

生きる喜び。

どん底の中で、多くの悩みと苦しみ、そして、生と死の選択に対する迷いを乗り越えてきた。

あんなに苦しかったのに。

あんなに重たかったのに。

どれだけの涙を流しただろう。

今、そのどん底の苦しさや、悩みは、何ものにも代えがたい私の財産。

この世に生きる道理を、その苦しみの中で確かに得ることが出来た。

そこには、確かな哲学があったから。

今、生きていることに対する感謝の涙を流せるのは、生きているから。

人間だから。

深く、広く、無限大。

宇宙さえ人間は、所有することが出来る。

神は人間の中にあり。

仏は人間の中にあり。

私の中に一つ。

一人一人の人間の中に一つ。

生命。

【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく


本因妙 | Trackback:(0) | Comments:(2) |-
コメント
日に日に生きるが信心だと、教えにあるのですが、私の自己確立も日に日に生きて信心を試し、神に生かされて生きる人間として、その道理を自動車の走る姿から悟らせて頂いたと言う事が有ります。
自動車は走る事が使命であり、人間は生きる事が使命である。命が有るから生きられる。
自動車の命は運転手であり、運転手がいなく成れば自動車は走らない。命が無く成れば自分も無くなります。命が無くなっても肉体は無くならない。自分とは「無」であると認識する事によって、命として理解できるように成ります。生き物にはみんな命が有ります。
乗り物にはみんなその物をコントロールする主がいます。
2010-12-06 月  20:59:31 |  URL | カメさん #- [編集]
動じる心。

動じない心。

現実を生きること。

今を生きること。

現実を生きることから逃げようとする、己の弱い心を動じない心でねじ伏せる。

そこに必要なもの。

信心。

己を信じる勇気。

仏法は、勝負。

勝つか負けるかではなく、勝つための信仰。

人間が生きる現実の社会を、より人間らしく、わたしらしく生きるための戦い。

どこまでも、どこまでも、自己確立を高めるための私自身との戦い。

確かな哲学を、己の中に、信心によって確立するための戦い。

今という現実を生きる一瞬に最高の生命を発揮できる戦い。

そんな風に思います。
2010-12-09 木  09:48:21 |  URL | バン #- [編集]
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