人生の病根は傲(ごう)の一字:本因妙

若い世代では、自信過剰な男性を「俺様」と呼ぶらしい。

「あの人、ちょっと俺様ね」と言えば、〝自信家で鼻持ちならない〟の意味とか。

 
  2011年 8月22日(月)の「名字の言」より


『人生の病根は傲(ごう)の一字』

母が、教えてくれた。

母が、わたしに与えてくれた。

でも、その言葉を忘れそうになる時がある。

でも、その言葉を忘れている時がある。

そして、気が付いたら、もう、その言葉すら忘れていた。

人間は弱い。

決して一人では生きてはいけない。

「一人で生きていける」なんて言うのは、傲り以外のなにものでもない。

生きることに感謝を忘れた人生。

わたしが生きているこに対する全てへの感謝。

大切な人への報恩。

今生きているのは、大切な人のお蔭で生かされている。

私の中の生きるという勇気は、私の中から湧いてくるものであるけど、私の勇気ではない。

でも、私の勇気だ。

人間らしく生きることに対して、より、人間らしく生きようとする勇気。

「より」人間らしく生きるとは、わたしを、より、わたしらしく生かすということだ。

生かしたい。

わたしの人生だから。

感じたい。

わたしが、今を生きている実感。

確かな哲学の中には、必然的に「謙虚」さが生まれる。

報恩と感謝、そして、謙虚さ。

人間は弱い。

結局は、強さが人間を滅ぼす。

その弱さ。

人間が、今というこの瞬間を生きる連続。

現在。

そして、過去。

未来。

過去は大切な宝。

今を積み重ねた己の宝。

未来を創り、変えることのできる大切な宝。


『人生の病根は傲(ごう)の一字』

大切な言葉をありがとう。

変わりたいと誓う私の中にとって、母が与えてくれたこの言葉は、大切な宝。

宝なんだ。

生きているだけで丸儲け。

人間は、すべてに対する謙虚さの中から、生きることの大切な本質を気が付くことが出来る。

だから人間なんだ。

人間。

神も仏も人間の中にある。

でも、人間は、神でも仏でもない。

神や仏になんてなりたくない。

神や仏と勘違いして、人間として生きることを止めるのは嫌だね。


『人生の病根は傲(ごう)の一字』

下界の人間達を眺めて、現実の外から説教を垂れる人生なんて意味がない。

生身の人間でなけりゃあ、人間として生きられやしない。

まだ、まだ、これから。

生きることにゴールなんてありゃあしない。

スタートとゴールの連続。

人間やめたら死ぬのと同じ。

生きる屍とはよく言ったものだ。



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