池田大作死亡説「沈黙は金なり」:ネットの創価


「沈黙は金なり」という言葉ある。

ホント、創価にもいろんな人がいるんだね。


自称、創価学会員と名乗る者達のネットにおける情報の取捨選択の方法とは?


「おい、おい、・・・乗っかっちゃってるよ・・・。この人。」


劇場を上手く巧妙に演出する手段と方法に長けてるね。

炎上目的?

華麗にして、巧妙なる演出。

アクセス・・・?


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池田大作死亡説についてなんたらかんたらを記事にする。

そんなもん、興味本位にターゲットを絞らなければ、出てくるもんじゃあない。

しかも取るに足るような根拠などありもせぬ悪意以外のなにものでもない。

その悪意を取り上げ、反証しようとする創価の看板を名乗る学会員も止せばいいのに・・・。

『根も葉もない』ものならば、そこに食いつく必要はない。

無視を決め込む。

それなのに、根も葉もないところをほじくろうとする矛盾。

何かの意図がなければ便乗するはずがない。

ほっとけばいいものを、煙もないものに、あらぬ方向から着火するとは・・・。

似非かどうかは知らんけど、馬鹿を相手にせぬことが最良の策とは、十分知りながらその馬鹿に便乗することで、創価を擁護していると見せて、己の愚かな自己満足にほくそ笑む。

右手は、水の入ったバケツのつもりでも、ほんとは、団扇で煽いでる。

しかも、左手で見えぬように隠し持っているのは、火のついたライターなんだよね。

そんな記事を下種な連中がみれば、野次馬根性が煽られ、記事にコメントの花が咲く。

やれ、屑だ、糞、ハエだと。

創価の変な奴等が食いついてくるんだよね。

それは、そこにうごめく創価の人間達の姿だ。

ココはいったいどこだ?

これが創価だ、これが人間というのもだ。

創価も世間の人間と何一つ変わらん。

『お前は屑だ!』

『屑という人間が屑だ!』

そんな応酬が繰り広げられる。

「なんじゃあ、こりゃあっ!」

創価も世間も

「お前ら、ドタマかち割って、ちい吸うたろうか!」

なんて、ドあほな気分になるね♪

楽しいよ♪

ほんと、創価って楽しい♪

だって、わたしも、そんなときには、より下種な楽しい人間になれる。

そう、「だって、人間だもの」

世間の人間達と同感できる。

悲しい愚かな人間としてね。

創価の学会員と名乗るのもが、創価を利用してそんなに得たいか?

自己満足とエゴ。

危ない、危ない。

ネットには、地雷が一杯だよ。

玉石混淆、魑魅魍魎の世界。

それは、ネットの世界のことではない。

創価学会という組織とその中の創価学会員とよばれる器のなかにある。

踏んづけたら終わり。

こわや、こわや・・・。

こんな記事が、負の連鎖としてありとあらゆる姿かたちを変えて蔓延していくんだろうね。

ネットは罪作りな道具だよ。

『沈黙は金なり』

でも、「雄弁も銀(きん)」かい?

的外れな理屈や屁理屈は御免だよ。

桜梅桃李。

「今」を生きる。



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