一人ひとりの人間を大切にすることに徹しなければならない

財務を通して知った、わたしの地域の創価学会の体質。

まさに、わたしの見た地域の創価学会こそが、今の創価学会の組織だ。

地域によって創価学会というものの見方が違うのならば、創価が根本とするところの哲学は嘘っぱちになる。

新聞の記事は、綺麗ごとばりをならべたてた作り話となる。

現実を生きるわたしの生身の人間が創価という人間に接して感じる学会組織が創価そのものなんだ。

人間一人ひとりの千差万別?

そんなもん当たり前。

でも、創価の常識は世間の常識とは違うのか?

民主主義の世の中は、多数決の世界ではないのか?

少数派の意見が正しいという変人の世界なのか?

正しい、正しいという根本が一人ひとりの心の中にあるのか?

組織の操り人形になってるやん。

世間の常識よりも創価の常識を理解しろって?

それが、創価の正論?

人材、人材というけれど、今の組織に人材はいるの?

人材ってなんだ?

硬直化していく組織の中で、人材はどんどん組織の中から染み出していくよ。

ごく普通に感じる創価の組織に対する違和感。

組織を維持していくことの悲壮感さえ感じない。

楽観主義を都合の良い言い訳にして。

確かな哲学に基づく信仰心の確立された信仰者にとって、組織という存在は大切なものではないけれど、

組織にとって、一人ひとりの信仰者は、組織よりも大切なものである。

創価学会は、組織よりも、組織の一人ひとりの人間をまず、大切にしなければならない。

組織を守るために、組織を維持するために、組織の一人ひとりを単なる構成員としてみることに、創価の存在意義は無い。

必ず組織は崩壊する。

そう信じる。

わたしの哲学は、組織にあるのではない。

一人ひとりの己の信仰心に確かな明かりを灯し続けることを可能にし続ける者に、確かな哲学を受け継ぐことが出来る。

これからが、本当の試練。

一人ひとりの信者と呼ばれる者たちの化けの皮がはがされる。

正体をされけだすもの。

正体をさらけ出されるもの。

信仰活動ならぬ、惰性と観念に満ちたぬるま湯のタダの組織活動に、その判決が下される。

創価という組織のホントの正体。

その価値。

価値を創造する今の創価という組織に、本物の価値があるのかどうか。



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