【心の財】で生きる【色心不二】の哲学

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信じることによってでしか、成立しえない宗教の世界。

信じなくても成立する信仰の世界。

わたしの信心で生きることのできる確かな宗教。

そんな宗教が日本にある。

汚い薄汚れた人間には、みんな同じ見えるだろうがね。

世の中に存在して信心している人間の多くは宗教の奴隷。

宗教にこき使われて、愚痴をこぼしながら、せっせっと教団のために働く。

おまけにお布施まで搾取される。

世の中の宗教のほとんどが似非なんだよね。

キツネや蛇や狸といったものまで信心の対象となるから、宗教は銭儲けにもってこいだ。

人間の愚かさ。

一人の人間の持つ弱さ。

宗教とは?

信仰とは?

わたしの心から確かに発せられないものは信仰でも宗教でもなんでもない。

ただの刹那。

お遊びだ。

ゲーム。

一人の中の信心を築あげる本物の宗教は、ゲームではない。

そこに人間が現実を生きる上で何の価値もない。

人間の思考回路。

知識だけに基づく知恵やアイデアなんていうのは宗教でもないし、まして己の信仰でもない。

わたしの中でそんなのは、確かに生きることの哲学から除外される。

「色心不二」の人間が「異体同心」で生きる。

「身の財よりも、蔵の財優れたり、蔵の財よりも心の財第一なり」

人間とは「色心不二」なんだ。

どんなに切り離そうとしたって、結局は切り離すことなどできはしない。

出来ないことを可能にしようとする矛盾。

意味不明。

人間が生きることの矛盾の中から、その矛盾に挑戦する。

不可能を可能にする哲学。

価値ある創造。

色心不二の人間が「異体同心」で生きる。

「身の財よりも、蔵の財優れたり、蔵の財よりも心の財第一なり」

人間とは「色心不二」なんだ。

人間とは、そうして生きなければならない。

人間だから。

人間の進化は、より、人間らしさを追求する。

善が勝つか、悪が勝つか?

世の中のヒーローといわれるのは、善。

世の中の悪。

その相対の中に生きる人間。

その相対を常に表裏一体の中に生きる人間。

わたしの中の善が勝のか、わたしの中の悪が勝つのか?

「異体同心」とは、絆。

「身の財よりも、蔵の財優れたり、蔵の財よりも心の財第一なり」

わたしがこのブログで語るわたしの中の信仰。

貴方が語る、あなたの信仰。

それは、全部、人間の中の「心」から発せられている。

信仰とは、宗教とは、信じる事を越えたところにある、わたしの生命の中の確信であり信念。

わたしの心のより深いところからほとばしり出るパッション。

わたしの生き方を左右している。

人間がより人間らしく、この世の中の人間が生きる世間、社会に生きる。

「色心不二」

「【身の財】よりも【蔵の財】優れたり蔵の財よりも【心の財】第一なり」

「異体同心」



わたしが、今を生きるための最高の方法を選択することを可能にする。

わたしの人生は、最高の人生だったと、己の人生を振り返りたい。

人間がより高い山の頂上を目指せる確かな哲学。

桜梅桃李。

今を生きる。



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