神や仏を信じるなんて馬鹿のすること:人生の病根は傲の一字

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神や仏なんて信じるもんじゃあないよ。

ホント、馬鹿な人間がやることだね。

自分を信じないで神や仏を信じるなんて、弱い人間にはお似合いかもしれない。

神や仏を信じる人間なんて、現実を己の力で生きることのできないヨワッチイ人間だと言ってるんだ。

世の中、神や仏なんて言うものなんてあるもんか。

坊主丸儲けの世界の道理なんだよ。

弱っちい、ご都合主義の人間には、まさに都合がよい。

互いの利害関係がそこで成立する。

似非宗教というもんは、利害関係で成立するのだ。

面倒くさい部分を全部、坊さんに丸投げする。

得手勝手な人間には、仏や神を信じたふりをして、都合よく宗教を利用する。

似非な宗教は、利用する者と、利用されるもの、

更に、利用されるものと、利用するものが都合よく、互いの必要性に合致したシステム。

似非な宗教とは、合理的な利害関係になる損得勘定。

信仰というものに対する精神世界なんていうのは、どうでもいいこと。

坊さんに利害関係の一致による依存によって、わずかばかりの心の安定を得ることのできる。

世間の恐ろしく巧妙に人間を奴隷にする似非宗教の拝金システム。

信者様は神様です。

似非なドロボー宗教ども。

人生を方法論で生きる。

頭を使って生きるのと、心を使って生きるのとは違うよ。

心って言うのは、いったいどこにあるんだろう?

子供頃には、「心が大切だ」ということをよく聞かされた。

でも、人間の体のどこに、心はあるのだろう?

ハート。

頭を働かせて想像してみた。

心臓付近に心があるような気がした。

心があったかく感じる時は、どのあたりで温かくなった心を感じるのだろう?

心が苦しくなったときには、体のどのあたりが苦しくなるのだろう?

人生とは、方法論で生きると必ず行き詰る。

人間一人ひとりの世界。

ひとりひとりがそれぞれの世界を持っている。

己の世界。

みんな一人として同じ人間はいない。

ひとりひとり。

一人の中の世界でさえ、一日、24時間、一分、一秒。

一瞬に変わる。

さっきの自分。

今の自分。

明日の自分。

その姿。

昨日と今日の自分の姿。

同じなのに、今日は髪の形が気に入らない。

着ている服が嫌だ。

昨日と今日の自分は同じではない。

人間。

「なぜ、あの山に登るの?」

「そりゃあ、そこに山があるからさ」

これが哲学だ!

わかるか?

わかんねえだろうな。

より人間らしく生きる人間の心理、いや、真理。

・・・こっちの方がわからからんか・・・。

人生の病根は傲の一字。

謙虚だなあ。

桜梅桃李。

今を生きる。



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