創価学会の幹部の「くせに」、なんでそんなトホホな質問するの?

創価学会のある会合に参加せて頂いた。


幹部:「勤行はしていますか?」


わたし:「はぁっ?・・・」


・・・えっ?何この人?

どう答えていいのかわからず、

そんなことを聞かれることを想定しないから、躊躇しながらも聞かれた以上、答えるしかない。


わたし:「ええ。」



更に、お聞きになる。


幹部:「題目は唱えていますか?」



(・・・ええっ?!、なんでそんなことを聞く権利があるの?)


もう、半分、あほらしくなって、答える気にもなれない。

しかし、黙っているわけにもいかず、


わたし:「ええ。」



一番、わたしが、納得いかない部分の「創価学会の幹部と私」の会話の内容。


まあ、その前後にも、いろいろと質問されている。


その時に、わたしに向けられた幹部の質問。


何を知りたいのか。

一体、私の信心を勤行と題目というはかりにかけて信仰の深さを図ろうとする。


わたしが、一番嫌いなこと。

一人の人間の中の大切なものをいとも簡単に、品定めをして決めつける。


創価学会の中の幹部というぬるま湯につかりきって、一人の人間の重さを上から目線ではかろうとする。


このような素人だましの愚の骨頂ともいうべき、質問を当たり前のようにする幹部がいるんだね。


まったく・・・。


なにもわからないくせに、人を図る短絡的な質問。


わたしは、その質問をもっと深いところに求めたかったが、結局はそんなことは無かった。

創価学会の幹部ってこんなにくだらないものなのだろうか?

万年幹部となると、もう、そいつの信仰心は、「物」と化してしまうのだろう。

あなたの信仰心を、勤行と題目の励行で判断します。


まったく・・・。

本当に、まったくだね・・。

一方通行の質問に、質問されたもののその意味を推し量りかねている本意というものを感じ取ることもできない。


まったくな幹部・・・。


これじゃあ、創価の本当の価値を知るものなど、創価の幹部と呼べるものの中にいるのかね。


どっぷりと創価に使っているねんきの入った幹部ほど、トホホな幹部が多いんじゃあねえの。

己の絶対的な信仰心を、勤行や題目の目に見える形だけで比較、判断されるほど、傷つくことは無い。

そんなものでは、己の信仰心をはかりにかけられるほど、お前に判断されたくはない。


このアホ幹部!

お前、いったい、何様のつもりだい?


己の命である大切な信仰心を、形式的な質問で、本気で答えるほど愚かではない。


お前みたいな幹部は、わたしは、絶対に信用しないよ!


それから、その会合の中で老婦人の体験発表があった。


わたしは、驚かされた!


「創価の財務を100万円しました!」


そう、このビックリマーク!!!!

このビックリマークが4つくらい並ぶほどの、「財務100万円宣言」。


なんじゃあ、こりゃあ?


そんなことを言うんかい? この婆さん。


財務の金額に信仰心の深さを重ねる。


これじゃあ、政教一致・・・じゃあねえ・・・。


「信金一致じゃねえか?」


こんなことを当たり前に聞いている創価学会員は、なにも疑問を感じないのだろうか?


信じることを強くさせるはずの信仰の体験発表で、


「信じられましぇ~ン!」という言葉が、わたしの頭の中で、鳴り響いた。


トホホ・・・で後にする創価学会のある会合だった。


わたしの中の創価は、どこにある?


わたしの創価は、妄想の世界へと消え去ったのか?


わたしの中にのみ存在する創価な創価。


現場に革命的なカンフル剤が必要だね。




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