おい!創価!だから「題目をおくる」なんてことを言うなって!!!

「題目を唱えなさい!」


これは決して言っては、いけない!


親であるなら、尚更、言ってはいけない。


一人の信仰心の明かりは、決して言葉で灯ることは無い。


最大級の傲慢な言葉。


こんな言葉を吐くものに、確かな哲学による信仰を映し出す、信心なんてかけらもないね。


創価の中の似非宗教に励んでも何にもならない。



わたしの地域の創価に、聞いてみた。


わたし:「私の所属するこの地域の組織には、どのくらいの世帯の学会員さんがいらっしゃるんですか?」


地域の創価の幹部:「・・・まあ、わたしもはっきりよくわからなんですよね・・・。」



わたしは、この幹部が、組織の中でもっとも現場に近い学会員なのに、

学会さんの一人ひとり、はっきりと答えなくても、せめて、「約●●世帯くらいですよ。」

という程度のことの答えは当然あると思っていた。


創価の組織って盤石だって、言ってたくせに・・・。


創価は、いよいよ80周年から、100周年へ向けて更に、絶対に崩れない創価城を築き上げていくのだ!


なんて、聖教新聞に書いてあることは、とっても立派なんだけどね。


これが信頼できる現場主義の一人ひとりにの幸せを願う創価か!


心の中で、怒りの炎がメラメラと立ち上がる。


そして、わたしは、畳み込むように、更に、今わたしが、現実に生活をして所属している創価について根掘り葉掘り聞いた。



するとこの幹部は言った。


下っ端幹部:「わたしよりも、もっと「上」の幹部に聞かれた方がいいですよ。」


下っ端幹部:「「上」の幹部は、それなりの信心があるから・・・。」


わたし、「なんで、そんなことがわかるんですか?」


下っ端幹部:「体験をつんでいるから。」


(わたしの心の声):下っ端幹部のあんたのことを私は、信用できない。そんな信用できない人間が、おすすめする「上」の幹部なんて知るかっ!


※下っ端幹部ということばは、この幹部が、この組織には、会員と幹部と幹部の中で、上の幹部といったので、それに従い、わたしは、下っ端幹部と書いている。


わたしは、あんたという人間しか、今は見ていない。

しかし、あんたは、自分の信仰信の無さを晒し、創価としても恥ずべきことした。


盲目の信仰。

あんたという人間に創価が見えないのに、どこに創価があるというのか?



わたしは、信頼できる人間に対して、その人が言うことは、信じることが出来る。

たとえ間違っていたとしても、後悔がない。

わたしが信じた人だから。


わたしが信用できないこの下っ端幹部が、この人なら何でも分かるよなんて、逃げ口上をする奴が言うことを誰が信用するかって言うんだよ!



全く、情けないね。


と、わたしの心の中の言葉全部を、私の中に飲み込む。


これが今の創価の現実なのだ。


現場の基盤がボロボロなのに、そこに何が築けるというのだ。

何が盤石な基盤だ。

永遠に崩れない創価城だ。


全く、泣いてるよ。

わたしも悲しくて泣けてくるね。


こんな創価な人間が、頭数だけそろえて、困っている人に向かって、「題目をおくりましょう!」だなんて、何を血迷った傲慢宗教に突っ走ってんだよ!

てめえの足元も見えてないくせに、何が、「題目を唱えてあげてま~す!」「だから、がんばってくださ~い!」

何様だい!


傲慢という袈裟を来た創価。


これも創価って言うのかい?


もっと、謙虚になったらどうだい?

おい! 創価!



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