見えぬ人間の器で見える人間社会を生きる私を支える信仰

毎日を生きること。

それは、現実に生きる私という存在との闘い。


見えない私の中にある人間的な器で、どれだけ現実社会で生きる「わたしという人間」を支えることが出来るかどうか。


人間的な器をいかに大きく広げることが出来るか。


それは、もって生まれた私の宿命と宿業を乗り越えることとの戦い。


そこに必要なもの。


目には見えない大きな力。


現実に生きることをさらに高める。


生きようとする己の本能を突き動かす力。


その力の根源こそ私の信仰の中にある。


その哲学。


人間の中にある不可能を可能にする哲学。


不可能から逃げる、あきらめの発想をしか持つことのできぬ、タダの思い付きの負け犬思想を遠吠えのように語る者には、決してたどり着くことが出来ない。


不可能を不可能とあきらめる者には、人間が生きることの本質には、決してたどり着くことなどできない。


人間がより人間らしく生きることを、不可能の中から発見することを決してあきらめない。


その哲学の真骨頂。


私が今を生きていることが全て。




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