100点を取れないテストはな~んだ?


「対話」とは、まず、互いが互いの言い分を理解することから始まるものだ。

しかして、双方が歩み寄ることが出来るのだ。

相手の為に相手の利益を、これが全てなのではないのでしょうか?



学会は世界平和を宣言する団体。

いま、内部?(どうなんだろう)、外見的には、内部の問題として見られている、学会と宗門の摩擦は公然の事実。

平和を宣言し、対話拡大によって世界平和を目指すならば、双方が歩み寄り、内部の問題にも対話で望むべきであろう。

双方の対立からは対話など成立することなどあり得ない。

世間から見れば、醜い宗教戦争。

信仰者が信仰者を罵りあうことほど、己の中に存在する信仰心までも否定することになるのではないだろうか?

身内の争いさえ解決しない信仰に、いや、宗教に納得のいくものの答えを出せる道理を知りたい。

と、時々ふと宗教というものに疑問を感じる。

骨肉の宗教戦争、その先に見え隠れする血で血を洗う決戦にいささかの不安を感じるのは、ひとりだけではないと思う。

不可能を可能にする宗教哲学が完全で矛盾が無いのにも関わらず、解決しない問題があるならば、そこに、本来の信仰者としての信仰心はもはや完全に失われているのかもしれない。

そして思う。

人間とは、この世で救われるべき存在のなのだろうか?

人間がこの地上に存在していいのだろうか?

私の中に感じる確かな矛盾・・・。

生きることは、自問自答の繰り返し。

決して、死ぬまで、100点を取ることの出来ない。

だから、生きるのだ。

人生は100点を取ることことの出来ないテストなのだ。



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