「私が宗教だ!」:己に生きる桜梅桃李の哲学哲学

自信。

どこまでも己を信じきる。

自分という人間が存在する価値。

それは、絶対的なもの。

自分という人間の絶対的な存在価値。

一体、誰が自分を自分以上、信じることを知ることが出来るのだろう?


人間を信じることが出来る。


その前提には、己自身という人間を信じる切ることが出来る。


己という絶対的な存在。

全てを生かして、生かされているという思いを確信という信念に変えることができるのも、私の人間として現実を生きている己にたいする自信。

私が宗教だ!

一人ひとりが、自分の中に現実を確かに生きることの出来る宗教を持つ。

そう思える私の中の信仰心。

私の信心。

与えられたものから、私が現実生活の中で生きていく自信によって、人間としての価値を生み出す私の中にある私の宗教。

その私の宗教に対する信仰心を高めるための、私の信心。

一人一人の信心。

己の生きる哲学。

頑固に変化にこだわるための変わらぬ羅針盤となる思想。


自らの中に灯りをともさなければ絶対に生まれることは無い。


己の中の宗教。


私自身が宗教だ。


宗教とは、自分の弱さをたすけてもら為にあるのではない。自信は、人間が絶対的に幸せにいきる為に大切なもの。 うぬぼれや傲慢につながるかもしれない。でも、そんな時でも現実に生きている主人公である己の自信の存在を信じきることが出来ることは、己の中にある未知の領域を開く限りない力引き出せる力の根源となる。

宗教にのめり込み、宗教にこき使われ、ただ、利用される愚かな人間にだけはなりたくない。

それは、この世の中で一番た大切にしなければならない自分という存在をどこまでも信じきることの出来ない弱さなのだ。


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